7.1933春 世代交代の季節

 年度が変わり各校のメンバーに変化があった。一番大きな変化があったのが松山商。エース三森を初め、主将で捕手の藤堂、一塁手山内、4番の尾崎、三塁手兼控え投手の景浦、1番の高須、左翼手の宇野、中堅手の岩見とレギュラー9人のうち、実に8人が卒業。大きな戦力ダウンとなった。中京商はエース吉田や4番の杉浦は残ったものの、31春に選抜のMVPである委員賞を受賞した桜井、1番の村上、二塁手の恒川、三塁手兼控え投手の吉岡、右翼手の林と5人が卒業し、夏連覇を達成した山岡嘉次監督が退任とこちらも大きく変容。一方明石中はエース楠本をはじめレギュラー9人全員が残り、充実したメンバーとなった。

1933春出場メンバー
中京商 松山商 明石中
守備 名前 学年 名前 学年 名前 学年
吉田 正男 5 中矢 一 4 楠本 保 5
野口 明 4 杉田 辰見 4 福島 安治 3
田中 隆弘 4 菅 利雄 4 横内 明 3
神谷 春雄 3 池内 尚正 4 嘉藤 栄吉 3
福谷 正雄 4 水口 勝義 4 橘 荘一
杉浦 清 5 筒井 修 3 峯本 三一 5
大野木 浜市 3 三津田 希典 5 深瀬 正 4
鬼頭 数雄 4 田村 岩雄 2 中田 武雄 4
岡田 篤治 3 土屋 久吉 2 山田 勝三郎 5
榊原 明一
加藤 信夫
前田 利春
花木 昇
伊藤 庄七
4
4
4
3
3
中山 正嘉
筒井 良武
藤井 豊次郎
成重 修逸
2
3
4
3
永尾 正己
松下 繁二
田口 重雄
吉岡 辰雄
松下 宗一
3
3
4
3
 


開会式の入場行進

 春の選抜は3月30日より開催された。選抜は10回目の節目を迎え、記念大会として前年の20校から大幅に増え32校を選抜。野球人気は相変わらずで、大会3日目、4日目は満員御礼となり入口の鉄扉をしめ切っても握り飯、水筒、巻ゲートルという一群が鉄扉をたたいて開門を迫るほど。大会9日目には見合い予定の令嬢が花婿をそっちのけにして試合に熱中、見合いがご破算になったという話も伝えられている。中京商・松山商・明石中は今大会も選出され、3校そろっての出場は32春より三季連続となった。
 開幕ゲームでは松山商が登場。対戦相手は今大会が2度目の出場となる一宮中。試合は初回に一宮中が先制。三森からエースを受け継いだ中矢は厳しい立ち上がりとなったが、二回以降は立ち直り0を重ねる。しかし、打線が一宮中の河合信雄投手を打ち崩せない。回を重ねども安打は出ず、三振の山が築かれる。そして6回、中矢がこらえきれず2失点で万事休す。松山商打線は最後まで河合を攻略することができず13三振の上無安打。ノーヒットノーランを喫し、あっけなく大会を去ることになった。

33春一回戦 1時間37分

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
松山商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
一宮中 1 0 0 0 0 2 0 0 x 3
松山商 打数 安打 一宮中 打数 安打
8 田村 岩雄 4 0 5 天野 安市 4 1
7 三津田 希典 3 0 2 三輪 俊一 4 1
5 水口 勝義 3 0 6 広瀬 竜之助 3 1
2 杉田 辰見 2 0 8 田中 耕司 2 0
9 土屋 久吉 3 0 9 大宮 清 3 1
3 菅 利雄 3 0 1 河合 信雄 2 0
1 中矢 一 3 0 7 長谷川 昇一 4 0
4-6 池内 尚正 3 0 3 北川 敏雄 3 0
6 筒井 修 1 0 4 渡辺 藤雄 3 0
4 中山 正嘉 1 0
26 0 13 3 0 0 4 28 4 2 4 1 1 1
失策=水口、杉田、池内、筒井
野選1
失策=北川



 一方残りの2校は順調に勝利を重ねた。明石中は楠本の投球は相変わらず、初戦の平安中は3安打18奪三振、二回戦の浪華商戦は5安打9奪三振でともに無失点と絶好調。準々決勝では沢村栄治(のちに巨人・野球殿堂入り)のいた京都商と対戦。沢村は初戦で関西学院から13奪三振、2回戦で藤村富美男(後にタイガース・野球殿堂入り)率いる大正中から15奪三振をし、一気にスターにのし上がってきた投手である。左足を高く上げてダイナミックに投げ込む快速球と、大きく上から落ちる懸河のドロップで相手打者を悩ませた。この素質は大会随一といわれ、プロ野球でも伝説となった沢村栄治と、世紀の剛球投手楠本の対戦は、二回、沢村が明石中打線につかまり2失点。当時の沢村は立ち上がりが悪く、初戦の関西学院戦でも二回に2失点している。しかし、沢村がここから調子を上げ3回以降は明石中打線をよく抑え無失点。しかし、楠本の前に2失点は大きすぎだ。9回に何とか1点を取り返したものの4安打。10三振を奪われ京都商は甲子園を去った。明石中はこの勝利で3大会連続の準決勝進出となった。

33春一回戦 2時間8分

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
明石中 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1
平安中 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
明石中 打数 安打 平安中 打数 安打
8 中田 武雄 4 0 7 半田 隆 4 1
6 峯本 三一 2 0 4 光林 俊盛 3 0
1 楠本 保 3 1 6 波利 熊雄 4 1
9 山田 勝三郎 3 1 8 岡村 俊昭 2 0
3 横内 明 4 0 2 堀添 篤麿 3 0
7 深瀬 正 1 0 5 田中 藤雄 3 0
7 松下 2 0 1 高木 正雄 3 0
4 嘉藤 栄吉 4 0 3 奥田 武一 3 0
2 福島 安治 4 2 9 富永 嘉郎 3 1
5 橘 荘一 3 0
30 4 7 4 1 0 1 28 3 18 1 1 1 2
二塁打=楠本 失策=橘 失策=光林、田中

33春二回戦 2時間

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
浪華商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
明石中 0 3 0 0 1 0 0 0 x 4
浪華商 打数 安打 明石中 打数 安打
2 北浦 三男 2 0 6 峯本 三一 4 0
5 平井 猪三郎 3 0 8-1 中田 武雄 4 0
9 松広 金一 4 2 1-9 楠本 保 1 0
8 中村 金次 4 0 9-8 山田 勝三郎 4 2
1 納家 米吉 1 0 7 深瀬 正 2 1
7 畑 寅一 4 0 3 横内 明 3 0
6 鳥丸 満男 4 0 5 永尾 正己 2 1
3 平古場 正巳 4 2 H 松下 1 0
4 樋上 龍太郎 3 1 5 橘 荘一 0 0
4 嘉藤 栄吉 4 0
2 福島 安治 4 1
29 5 9 7 0 2 6 29 5 3 4 2 3 1
二塁打=松広、平古場
失策=北浦2、納家2、中村、樋上
暴投=納家
二塁打=山田 失策=福島

33春準々決勝 1時間56分

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
京都商 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1
明石中 0 2 0 0 0 0 0 0 x 2
京都商 打数 安打 明石中 打数 安打
5 宮路 定一 4 0 8 中田 武雄 3 2
2 山口 千万石 4 1 3 横内 明 4 2
8 浜口 嘉男 4 0 1 楠本 保 5 2
6 木村 潔 4 2 9 山田 勝三郎 5 1
3 中野 正雄 4 0 6 峯本 三一 4 2
4 小笹 貞治郎 4 1 7 深瀬 正 4 2
9 田中 量雄 3 0 4 嘉藤 栄吉 2 0
7 井上 正吾 2 0 5 永尾 正己 4 0
1 沢村 栄治 3 0 2 福島 安治 3 0
32 4 10 1 0 1 1 34 11 9 5 1 1 2
失策=沢村 三塁打=中田 失策=楠本2



 中京商は5年生となった吉田の投球術が素晴らしく、初戦は島田商に1安打完封。続く2回戦の興国商戦は九回まで一度もヒットを打たれずノーヒットノーラン。しかし、見方も相手チームのエース笠松実を打ち崩せず無得点。吉田は十三回一死にヒットを打たれたものの最後まで点は与えず、十三回裏に待望の得点が入りサヨナラ勝ち。1安打完封で奪った三振は驚異の22とまさに快投であった。準々決勝も3番の江口をはじめ、レギュラーのうち4人がプロ入りを果たした享栄商に勝利し、中京商も5大会連続となる準決勝進出を果たした。対戦相手は明石中。吉田と楠本初の顔合わせである。

33春一回戦 2時間

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
島田商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
中京商 0 1 0 0 1 0 1 0 x 3
島田商 打数 安打 中京商 打数 安打
8 根津 辰治 3 0 7 大野木 浜市 3 0
4 佐々木 信治 3 0 5 福谷 正雄 3 1
7 鈴木 金雄 4 0 1 吉田 正男 3 2
1 大友 一明 4 0 6 杉浦 清 4 1
2 斎藤 静夫 4 0 8 鬼頭 数雄 4 0
3 久米 良治 3 0 4 神谷 春雄 3 1
5 池田 昭 4 1 3 田中 隆弘 3 2
9 中村 宗一 2 0 2 野口 明 1 0
6 本多 定吉 2 0 9 岡田 篤治 4 1
29 1 8 5 0 1 2 28 8 2 7 2 3 3
失策=大友、中村 暴投=大友 併殺1 三塁打=杉浦 二塁打=福谷、吉田
失策=杉浦2、福谷 併殺1

33春2回戦 3時間7分

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 得点
興国商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
中京商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1x 1
興国商 打数 安打 中京商 打数 安打
6 岡本 利三 3 0 7 大野木 浜市 4 2
9 寺島 悟 3 0 5 福谷 正雄 5 0
5 村井 浅次郎 5 0 1 吉田 正男 6 1
2 吉田 佐市 4 0 6 杉浦 清 5 2
1 笠松 実 4 0 8 鬼頭 数雄 5 1
8 中田 宇一郎 4 1 4 神谷 春雄 5 1
7 上田 好太郎 5 0 3 田中 隆弘 5 2
4 綿田 清 3 0 2 野口 明 4 0
3 東 健一 3 0 9 岡田 篤治 2 0
-9 前田 利春 3 0
34 1 22 8 1 1 2 44 9 4 5 1 2 1
失策=岡本 綿田 併殺2 失策=杉浦 捕逸=野口 併殺1

33春準々決勝 1時間56分

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
中京商 1 0 0 0 1 0 1 0 0 3
享栄商 0 0 0 0 0 0 1 0 0 1
中京商 打数 安打 享栄商 打数 安打
7 大野木 浜市 3 1 4 滝野 通則 4 0
5 福谷 正雄 5 2 7 稲森 茂 3 1
1 吉田 正男 5 2 3 江口 行男 4 2
6 杉浦 清 4 1 1 近藤 金光 4 0
4 神谷 春雄 3 0 8 林 清一 3 0
9 岡田 篤治 4 0 9 天野 鯉 3 0
8 鬼頭 数雄 3 0 2 中山 武 3 0
2 野口 明 4 0 6 伊藤 精和 3 0
3 田中 隆弘 2 1 5 安藤 之制 2 0
33 7 5 4 2 3 1 29 3 10 2 0 0 2
失策=杉浦 二塁打=江口 失策=中山、伊藤


 コントロールと投球術の吉田か、剛球の楠本か、大会屈指の好カードは当然のように投手戦となった。吉田が0を並べ続ければ楠本も当然のように0を並べる。どちらの打線も点を奪えぬまま試合は進んだ。ところが7回裏、吉田が突如乱れる。満塁のピンチを作ると、8番打者の福島に初球まさかのデッドボール。「いまだかつて中等界の投手にこれだけの制球力のあった投手はあるまい」と評された吉田が制球ミスによって押し出しの一点を献上した。楠本にとっては1点があれば十分。そのまま中京商は立ちはだかる楠本を攻略できず3安打12奪三振。痛恨の敗退を喫した。「体力と速球で楠本に一歩を譲るが投球のミックスとコントロールにかけては楠本以上の功味をみせる吉田は、その巧さがたたってついに尊い1点を許した。同様の七回とはいえ常の如く弱打者とみれば1球を肩辺に通してつり気味に投げ、しかるのち細工をするその第1球が死球となったのであるから恐ろしい1球であると同時に口惜しい1球でもあった」と評された一戦であった。

33春準決勝 1時間37分

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
中京商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
明石中 0 0 0 0 0 0 1 0 x 1
中京商 打数 安打 明石中 打数 安打
7 大野木 浜市 3 0 8 中田 武雄 4 1
5 福谷 正雄 4 1 3 横内 明 4 0
1 吉田 正男 3 2 1 楠本 保 3 1
6 杉浦 清 3 0 9 山田 勝三郎 3 0
4 神谷 春雄 4 0 7 深瀬 正 3 1
8 鬼頭 数雄 3 0 6 峯本 三一 3 0
2 野口 明 3 0 4 嘉藤 栄吉 3 1
9 岡田 篤治 2 0 2 福島 安治 2 1
-9 前田 利春 1 0 5 永尾 正己 3 0
3 田中 隆弘 3 0
29 3 12 2 1 0 1 28 5 7 3 0 0 1
失策=神谷 失策=永尾



 反対の山では29夏・30夏・31春と大会を制覇した広島商と初出場の岐阜商が決勝への切符を争っていた。広島商は2年前の春決勝で最後のゴロを処理した鶴岡一人(のちに南海・野球殿堂入り)がエースへと成長しており、横浜商・一宮中・和歌山商と破ってのベスト4であった。対する岐阜商はこの大会が2度目の出場。前年に初出場を果たした時には初戦で松山商に8対0と大敗している。その後「日本一のチームになるには日本一の練習に泣け」と猛練習を積み二年連続の選抜出場にこぎつけたチームである。初戦の静岡中戦で6得点16安打、続く鳥取一中から5得点8安打、準々決勝のからは3得点ながら12安打と打線が好調であった。試合は岐阜商打線が鶴岡を打ち崩し10安打4得点。エースの広江が広島商打線を3安打に抑え完封。初めての決勝に進出した。

 決勝は岐阜商と明石中の争いとなった。大会随一の打線が勝つか、剛球楠本が悲願の初優勝となるか。岐阜商打線が超中等級の楠本をどれだけ打ち込むかに注目が集まった。試合は初回、連投の疲れからか、楠本の制球が乱れ、先頭の村瀬を四球で出し、牽制のエラーで二塁へ進まれる。楠本は何とかこのピンチを抑えるが2回、3回と調子の悪さがあったが4回からは立ち直り、7回まで一度もランナーを出さなかった。対する岐阜商はエースの広江ではなく、2年生の松井栄造を先発させた。岐阜商は他の大会で明石中と3回対戦しており、3回とも広江で負けていた。コーチの森が広江では精神的に勝てないとにらみ、二年生投手を思い切って登板させたのである。この松井が左腕特有の球筋と投球術で明石中打線をうまく抑えた。インドロップとシュートで明石中打線をゆさぶり、強打者でもある楠本へはボール球をうまく使って無安打3三振と完ぺきに抑えた。松井の前にヒットを打ちながらも点を奪えないでいた明石中は8回表、ヒットとエラーでランナー三塁のピンチ。ここで先頭の村瀬に2ボール1ストライクからスクイズを決められ失点。打線も最後まで松井を打ち崩せないまま1対0で試合終了。3安打に抑えながらまたも決勝で勝つことができず、楠本の優勝は幻へと消えた。


33春決勝 1時間52分

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
岐阜商 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1
明石中 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
岐阜商 打数 安打 明石中 打数 安打
5 村瀬 保夫 2 0 8 中田 武雄 2 1
8 広江 嘉吉 4 0 4 嘉藤 栄吉 3 0
1 松井 栄造 3 0 1 楠本 保 4 0
2 近藤 弘一 4 0 9 山田 勝三郎 3 0
7 加藤 春雄 4 1 7 深瀬 正 2 0
6 記野 良雄 3 0 -7 松下 1 1
3 勝野 鉄男 3 0 6 峯本 三一 3 0
4 奥村 勝一 3 1 3 横内 明 3 1
9 筧 金芳 3 1 2 福島 安治 3 0
5 永尾 正己 3 0
29 3 6 2 1 1 3 27 3 7 5 2 0 2
失策=村瀬、広江、勝野 失策=横内、永尾


決勝の様子。岐阜商村瀬のスクイズが決まり、奥村が決勝のホームイン。


当時明石では優勝間違いなしということで明石公園にテントを張って優勝祝賀会の準備が進んでおり、選手が戻て来たら花火を打ち上げる手はずも整っていた。明石中の選手が宿舎に戻ると後援会の人たちが難しい顔で待っていたという。 
 表彰では吉田、楠本はともに優秀選手賞。中京商ではほかに神谷・野口・大野木が美技賞、優秀選手賞には杉浦が選ばれた。明石中からは深瀬が美技賞、山田と中田が優秀選手賞に選ばれた。

6.1932夏 中等野球の頂点

8.1933夏・上 吉田の夏、楠本の夏

中京商・松山商・明石中の三つ巴

野球回廊

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