6.1932夏 中等野球の頂点

 この大会にも中京商・松山商・明石中はそろって出場した。中京商・明石中は2失点で予選を突破し、松山商も予選を全試合を大差で勝ち抜いた。吉田―桜井の中京商か、強打の松山商か、楠本の明石中か。1932年夏の甲子園はこのビッグ3を中心に大変な人気に沸いた。大会前の7月末から行われたロサンゼルス五輪で7つの金メダルが出て、日本中でスポーツ熱が高まっていた。ロスに巻き起こったスポーツ台風は海を渡って甲子園に来たと新聞は謳うほど、大会は超満員の連続であった。特に楠本人気はすごく、一目楠本を見ようとファンが宿舎に押しかけたり、楠本が甲子園入りするときはファンで押しつぶされそうになり人垣の中をかいくぐっての球場入りであった。大会史ではこの大会を「戦前のピーク」と書き残している。

1932夏出場メンバー
中京商 松山商 明石中
守備 名前 学年 名前 学年 名前 学年
吉田 正男 4 三森 秀夫 5 楠本 保 4
桜井 寅二 5 藤堂 勇 5 福島 安治 2
田中 隆弘 3 山内 豊 5 松下 繁二 2
恒川 通順 5 尾崎 晴男 5 横内 明 2
吉岡 正雄 5 景浦 将 5 嘉藤 栄吉 2
杉浦 清 4 高須 清 5 峯本 三一 4
鬼頭 数雄 3 宇野 文秋 5 深瀬 正 3
村上 重夫 5 岩見 新吾 5 中田 武雄 3
林 薫 5 杉田 辰見 3 山田 勝三郎 4
鈴木 正明
後藤 竜一
福谷 正雄
前田 利春
岡田 篤治
5
5
3
3
2
亀井 巌
三津田 希典
水口 勝義
菅 利雄
筒井 良武

4
3
2
2
橘 荘一
永尾 正己
田口 重雄
吉岡 辰雄
松下 宗一

2
3
2
 


 そんな楠本の投球はこの大会でもさえわたり、初戦の北海戦では得意の剛速球がビシビシと決まり、出たランナーは四球で一人だけ。15奪三振でノーヒットノーランの快投で勝利した。続く二回戦は後のタイガースの大打者藤村富美男が3年生ながらエースを張っている大正中。藤村は明石打線を2安打1失点に抑えたが、大正中はそれ以上に楠本に抑え込まれ奪われた三振は実に17。2安打で得点を奪えず涙をのんだ。
 楠本は準々決勝の八尾中戦も15奪三振を奪いシャットアウト。八尾中では29春に14歳のエースとして話題となった稲若博が最上級生として頑張っていたが、力及ばず3失点。楠本の3試合連続完封で悠々と準決勝進出を決めた。

32夏1回戦

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
北海中 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
明石中 0 2 0 0 0 0 0 2 x 4
北海中 打数 安打 明石中 打数 安打
5 二宮 4 0 6 峰本 三一 4 1
8 坂上 2 0 4 横内 明 4 1
7 相原 3 0 1 楠本 保 4 1
1 相馬 3 0 9 山田 勝三郎 2 1
3 角田 3 0 8 中田 武雄 4 0
6 太田 3 0 3 松下 繁二 3 1
9 宮崎 3 0 7 深瀬 正 3 1
4 大和田 3 0 2 福島 安治 3 1
2 2 0 4 嘉藤 栄吉 3 0
PH 1 0
27 0 15 1 0 0 3 30 7 5 3 0 3 1
失策=大和田 浜2 残塁=1 三塁打=山田 二塁打=松下
失策=松下 残塁=3

32夏2回戦

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
明石中 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1
大正中 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
明石中 打数 安打 大正中 打数 安打
6 峰本 三一 4 1 5 本片山 明 4 0
4 横内 明 3 0 6 柚木 俊治 4 0
1 楠本 保 4 0 4 阿部 好春 3 1
9 山田 勝三郎 4 0 9 浅井 太郎 2 0
8 中田 武雄 3 1 1 藤村 富美男 3 0
3 松下 繁二 2 0 2 田口 勲司 2 0
7 深瀬 正 2 0 7 今田 多佐男 3 1
2 福島 安治 3 0 3 吉川 忠正 3 0
4 嘉藤 栄吉 2 0 8 金行 登 3 0
27 2 6 3 1 0 1 27 2 17 2 1 1 2
二塁打=峰本、阿部 失策=楠本 残塁=3 失策=柚木 吉川 併殺=1 残塁=3


32夏 準々決勝

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
八尾中 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
明石中 0 0 0 1 0 1 1 0 x 3
八尾中 打数 安打 明石中 打数 安打
4 橋本 弥三治 4 0 6 峰本 三一 2 0
6 野田 七郎 4 0 4 横内 明 4 0
8 黒沢 俊夫 4 0 9 楠本 保 3 2
1 稲若 博 3 1 1 山田 勝三郎 3 2
3 雪本 善栄 4 0 8 中田 武雄 4 1
7 永田 三郎 4 0 3 松下 繁二 4 0
9 菊矢 吉男 2 1 7 深瀬 正 2 0
9 内藤 英三 1 1 2 福島 安治 4 0
2 宮川 三郎 2 0 4 嘉藤 栄吉 3 0
5 隅 章 3 2
31 5 15 2 0 0 3 29 5 6 5 1 2 0
失策=橋本 野田 隈 残塁=6 二塁打=楠本2 併殺=1
残塁=8


 中京商は初戦で初出場の高崎商、続く準々決勝で初のベスト8進出を決めた長野商と比較的楽な相手と当たり、それぞれ5対0、7対2と楽に準決勝進出。ベンチで采配を振るっていたのは昨夏の優勝メンバーである大鹿。そしてベンチの背後では今春離任した山岡前監督が「夏の甲子園に出場したときには指導をしにくる」との約束を守り指示を飛ばしていた。


32夏2回戦

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
高崎商 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
中京商 0 0 0 0 0 5 0 0 x 5
高崎商 打数 安打 中京商 打数 安打
4 滝沢 三郎 4 1 8 村上 重夫 3 1
3 井上 裕雄 3 0 4 恒川 通順 3 1
5 酒井 正夫 4 0 2 桜井 寅二 4 1
8 須田 守一 2 0 6 杉浦 清 4 1
9-1 清水 政一 3 0 1 吉田 正男 4 0
1-9 松本 丘 3 0 7 鬼頭 数雄 3 0
2 根岸 勝次 3 0 5 吉岡 正雄 4 2
7 松島 健寿 3 0 3 田中 隆弘 2 0
6 田村 治夫 3 0 3 岡田 篤治 2 0
9 林 薫 3 2
28 1 6 2 0 0 3 32 8 2 2 1 1 1
失策=井上 松島2 暴投=松本 残塁=3 失策=吉田 残塁=6

32夏準々決勝

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
中京商 4 0 0 2 0 0 1 0 0 7
長野商 1 0 0 0 0 0 1 0 0 2
中京商 打数 安打 長野商 打数 安打
8 村上 重夫 4 2 6 柄沢 清三郎 4 1
4 恒川 通順 4 0 8 白鳥 賢一 4 0
2 桜井 寅二 3 0 4 北沢 藤平 4 0
6 杉浦 清 4 1 2 小林 正 4 1
1 吉田 正男 3 0 1 水沢 清 3 1
7 鬼頭 数雄 3 0 9 富永 公平 2 0
5 吉岡 正雄 4 3 5 土肥 省三 4 1
3 田中 隆弘 3 0 3 鈴木 忠三 3 1
9 林 薫 4 0 7 木藤 秋芳 3 0
32 6 5 4 2 2 2 31 5 6 3 0 0 4
暴投=吉田 併殺=2 残塁=4 残塁=5



 3校の中で唯一苦戦したのが松山商。初戦の静岡中戦で、2回に先制された後、自慢の強打を静岡中鈴木芳太郎の伸びのあるストレートと鋭いカーブに完ぺきに抑えられてしまい、初回から2回にかけて1番から6番まで6者連続三振を喫する始末。9回、先頭の岩見がこの日3本目のヒットを打ったものの、続く藤堂、尾崎が打ち取られあっという間に二死。優勝候補の敗退は決まったと思われた。ところが三森が放った外角低めの球を軽くひっかけた一打が二塁走者の牽制に入った遊撃手の逆を突いて運の良いヒットとなり、岩見がホームインで同点。そして景浦がヒットで続き、7番山内の一塁正面のゴロがイレギュラーを起こし一塁手の頭を超す強運でサヨナラ勝ちをした。
 この運に乗って2回戦の早稲田実戦は8対0の大差で勝利し、今大会でも3校がそろって準決勝進出を果たした。

32夏2回戦

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
静岡中 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1
松山商 0 0 0 0 0 0 0 0 2x 2
静岡中 打数 安打 松山商 打数 安打
4 伊藤 重久 4 1 6 高須 清 4 1
3 青木 敏夫 3 0 8 岩見 新吾 3 1
1 鈴木 芳太郎 4 1 2 藤堂 勇 4 0
6 鈴木 吉朗 3 0 4 尾崎 晴男 4 0
5 高木 容平 3 2 1 三森 秀夫 4 1
2 田中 浩 2 0 5 景浦 将 4 2
9 小川 勝弥 3 0 3 山内 豊 3 1
7 岩本 貞治 3 1 9 杉田 辰見 1 0
8 川村 武治郎 3 0 7 宇野 文秋 3 0
28 5 5 1 2 1 1 30 6 12 3 1 0 1
失策=高木 残塁=3 二塁打=岩見 併殺=1
失策=景浦 残塁=6


二回戦静岡中対松山商。9回裏サヨナラのホームイン。

32夏準々決勝

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
早稲田実 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
松山商 3 0 2 2 0 0 0 1 x 8
早稲田実 打数 安打 松山商 打数 安打
3-5-
3-4-3
深田 正次郎 3 1 6 高須 清 5 3
2 田川 四郎吉 4 1 8 岩見 新吾 2 0
5-1-5 星野 正男 4 1 2 藤堂 勇 4 1
6-1-6 清水 健吾 3 1 4 尾崎 晴男 3 2
7 佐藤 福松 3 1 1-5 三森 秀夫 4 0
1-3-1-3-1 安永 正四郎 3 0 5-1 景浦 将 2 1
4-6-4 本橋 精一 3 1 3 山内 豊 4 0
8 佐伯 栄三 2 0 9 杉田 辰見 3 1
9 三村 勲 1 0 7 宇野 文秋 3 1
9-8 南方 義一 3 0
29 6 11 2 0 0 2 30 9 2 10 1 0 1
失策=清水 本橋 残塁=4 三塁=景浦 捕逸=藤堂
併殺=3 失策=尾崎 残塁=8



 準決勝の組み合わせは中京商対熊本工、松山商対明石中となった。
 中京商の対戦相手の熊本工は今大会が初出場。中京商はこの試合でも楽に試合を進め、4対0で快勝。7回からはエース吉田を休ませることができ(春夏の大会を通じて、吉田が降板したのは31夏の2回戦とこの試合のみである。)悠々と二年連続の決勝の舞台へ進んだ。

32夏準決勝

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
熊本工 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
中京商 1 0 3 0 0 0 0 0 x 4
熊本工 打数 安打 中京商 打数 安打
5 山下 正栄 3 0 8 村上 重夫 3 0
6 木村 二三 4 0 4 恒川 通順 3 1
1 岡本 敏男 4 0 2 桜井 寅二 3 1
7 田上 正人 3 0 6 杉浦 清 2 0
8 吉田 猪佐喜 2 1 5-1 吉田 正男 4 1
9 戸上 勇 4 1 7 鬼頭 数雄 4 0
2 中村 民雄 3 0 1-5 吉岡 正雄 3 0
4 竹永 一男 3 0 3 田中 隆弘 1 0
3 森川 長治 3 0 3 岡田 篤治 1 1
9 林 薫 3 0
29 2 9 4 0 0 3 27 4 5 6 0 1 3
捕逸=中村
失策=岡本、田上、中村 残塁=6
三塁打=吉田 二塁打=岡田、桜井
捕逸=桜井 失策=恒川、桜井、吉岡
残塁=5



 もう一つの試合は松山商対明石中。春の決勝戦と同じ組み合わせとなった。選抜ではヒット数は共に5、三振は明石中が9に対して松山商10。与四球は明石中が2、松山商は1。ほぼ互角であった。静岡宙に逆転勝ちをして勝ち運に乗っている松山商か、エース楠本の鉄腕がさえる明石中か。甲子園には早朝からファンが詰めかけて、屈指の好カードの一戦を待った。
 楠本の剛球に対して、松山商は策を打った。遊撃手の高須の証言は以下のとおりである。

 奇しくも明石中との再度の決戦となり、昭和五(1930)年の春以来、三度にわたっての対戦で、宿敵と呼ぶにふさわしい間柄となりました。剛球・楠本投手に対しては”ボールにさわりもしない”これがいつわりのない表現で、松山商ナインはどうして打とうかと前夜から相談しました。その結果
 1.バットをベース板の上で構えよ。
 2.バックスイングをするな。
 3.バントの要領で当てろ。
 ということでした。

 打力は大学級といわれていた高須・藤堂・尾崎・三森・景浦の強力打線も楠本の前では軽打しかなかったようである。結果はどうであったか。
 初回、先頭の高須がいきなりヒット。さらにそのまま二盗を決め一気に無死二塁のチャンスを作る。すると、続く岩見のバントを明石中内野陣が処理しそこない無死一三塁。次の藤堂がスクイズを実行するが失敗し、高須は挟殺されるが、藤堂の遊ゴロを処理した峰本が一塁へ悪送球。これで一点。さらに三森のスクイズで追加点。初回、明石中は完全に内野陣が浮足立ってしまい、わずか1安打で2失点をしてしまった。その後楠本は剛腕をふるい、2安打に抑え、松山商打線から17奪三振を奪うものの、松山商三森が明石中打線を3安打に抑え無失点。結果3対0で松山商が30年春・32春と続いて3連勝を飾った。36イニングを投げてわずか9安打で長打は1本。奪った三振は実に64。大会を席巻した楠本は今大会も優勝旗に届かず、松山商のバント戦法の前に敗れ去った。

32夏準決勝

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
松山商 2 0 1 0 0 0 0 0 0 3
明石中 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
松山商 打数 安打 明石中 打数 安打
6 高須 清 4 2 6 峰本 三一 4 0
8 岩見 新吾 3 0 4 横内 明 3 0
2 藤堂 勇 3 0 9 楠本 保 3 0
4 尾崎 晴男 3 0 1 山田 勝三郎 3 1
1 三森 秀夫 2 0 8 中田 武雄 3 1
5 景浦 将 2 0 3 松下 繁二 3 0
3 山内 豊 3 0 7 永尾 正己 2 0
9 杉田 辰見 3 0 7-3 深瀬 正 3 0
7 宇野 文秋 3 0 2 福島 安治 3 0
5 嘉藤 栄吉 3 2
26 2 17 3 2 1 3 30 4 3 2 1 0 3
併殺=1 失策=藤堂、尾崎、景浦
残塁=1
捕逸=福島 失策=松下2、峰本
併殺=1 残塁=6


準決勝松山商対明石中。3回表高須の三盗が成功。


準決勝松山商対明石中の様子。5回裏明石二死満塁の好機も山田の三ゴロで峰本三封



 決勝の組み合わせは史上初の春夏連覇がかかる松山商、初出場からの夏二連覇がかかる中京商の組み合わせとなった。31夏、32春に続いて、実に3季連続の対戦。対戦成績は一勝一敗。松山商も中京商も主力メンバーは31夏とほぼ変わりなく、攻守ともに洗礼された中等野球界の二大巨頭の世紀の一戦である。松山商は1919夏に初出場してか苦節13年。9回目にして初めての夏の決勝戦である。岸本率いる第一神港商と優勝を争って以来、6季連続出場の原動力となった藤堂・高須・三森らも5年生。この試合が中学生活最後の全国大会の一戦である。高須は後年「ああ、ついにここまで来た、といったものが実感でした。今までの自信と、不安の交錯した不安定な感情の動揺も、使命感につきあげられた心の気負いも消えて、今はただ、神に祈るといった心境にまで落ち着きました。」と語っている。中京商は春の選抜で松山商に負けて以来、「打倒松山商」を合言葉に猛練習を繰り返してきた。松山商エース、三森の鋭いカーブを打たねば勝利はない。どうしたらあのカーブを打てるのかと、十分な研究、打ち込みをしてきた。主将の桜井は選抜終了後「大阪駅から汽車に乗って名古屋へ帰るとき、ちょうど春雨がしとしとと降り続いていた。梅田のネオンがあめにさびしく光って、何とも言えない気持ちだった。自然と涙がにじみ出てきて、絶対に夏には松山に勝つぞと誓いあった。」という。

 待ちに待った好敵手・三森が目の前にいる。あのドロップを打つんだと、中京ナインは最初からドロップに的を絞って攻勢に出た。一回裏、二死ながら走者を二塁において、四番の杉浦清が三森のドロップを狙い打った。「松山さえ倒せば連続優勝できるという希望に満ち、夏の練習も定評ある三森投手のドロップを打つ子日目標を置いて猛練習をつづけた。その効があって、僕が初めての打席で三森投手のドロップを狙って安打を打ち、最初の一点を稼いだ時は、うれしかった。」と後年に語る通り、杉浦がレフト前へヒットし先制打。この先制打は中京打線の士気を大いに盛り上げ、以後のびのびとしたプレーにつながった。一方の松山商はこのヒットで委縮して堅くなってしまった。三森の球は静岡中や明石中との熱戦により衰えており、2回裏には早くも降板。

決勝戦、2回裏中京商1点をあげて一死満塁。しかし続く恒川の三ゴロで三塁ランナーが本塁で封殺。


決勝戦。5回表、松山商景浦の三塁打。しかし後続が倒れ、無死三塁の好機を生かせず。

代わって登板した景浦も押し出し四球。6回裏にも中京商恒川のタイムリーが出て松山商は3失点。吉田は前の試合で休めたこともあり、好調で、ストレート、カーブのコントロールは十分、さらに球に投げる緩い球が効果的で無失点を続ける。中京商の優勝、松山商の敗退が少しずつ見え始めていた。九回表一死、走者なし。ここまで無失策を続けていた中京守備陣が乱れた。松山商尾崎のゴロを吉岡が失策。続く三森は左翼線へのヒットで続く。そして、二人の走者を置いて6番の景浦。内角高めのストレートを叩くとボールは左中間を破った。走者が二人帰る3塁打。つづく山内は吉田のカーブをうまく打ち、打球は岡田・恒川の一二塁間を抜けていった。3対3。九回土壇場で松山商は同点に追いついた。
 「ここでがんばらねば、今まで何のために猛練習してきたのだ。」と中京ナイン。その裏、中京商村上の打球が景浦の右脛に当たり、景浦は降板。三森が再びマウンドに登った。しかし、中京打線は打ち崩すことができず無得点。試合は延長戦に突入した。


決勝戦の様子、負傷した景浦

 10回は共に無得点。そして11回裏、中京商は二者連続三振。このまま11回も終わるかと思われたが、三森は1番村上に四球を与えてしまった。攻撃が続く。2番恒川は三遊間を抜いてヒット。打者は3番主将桜井。胸にファールチップを受けて、胸が痛くて苦しんでいたが気力の一言で頑張りぬいていた。中京商が甲子園の土を踏む前からクリーンナップとして、捕手として中京商の中心に君臨した男が打席に立った。桜井の狙いはもちろんドロップ。三森が投げたドロップが桜井のバットに吸い付く。ボールははじかれ三森の横を抜けていく。村上が二塁から帰ってくる。球史に残る大熱戦は延長11回、中京商のサヨナラで幕を閉じた。優勝の瞬間、中京商の梅村校長は天に向かってバンザイを叫び、周りのものと握手を交わして喜んだという。

決勝戦。延長11回裏、桜井の安打で村上がホームイン。

 以下は飛田穂洲の評である。
 中京は再度の優勝に得意思うべしである。吉田の球威、全軍の打撃、ことに走者を出してからのうま味のある攻撃少しもソツがない。前半の得点にはさほどの華やかさはなくとも、その得点に至らしめた径路をたどれば、各選手の試合慣れが機会を逃さぬ手際よさを感嘆される。主将桜井をはじめ村上、恒川らの攻撃は確かに三森を雌伏するに足るものがあった。吉田が三森、景浦の二投手に投げ勝ったのも勝因に大きな力となっている。新興初陣に優勝し、直ちに大会連勝のレコードに達したその発達のすさまじさ、誠に喜びに耐えまい。

32夏決勝

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 得点
松山商 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 0 3
中京商 1 1 0 0 0 1 0 0 0 0 1x 4
松山商 打数 安打 中京商 打数 安打
6 高須 清 4 0 8 村上 重夫 3 2
8 岩見 新吾 3 1 4 恒川 通順 6 2
2 藤堂 勇 5 0 2 桜井 寅二 6 3
4 尾崎 晴男 5 0 6 杉浦 清 5 1
1-5 三森 秀夫 5 1 1 吉田 正男 5 0
5-1 景浦 将 5 2 5 吉岡 正雄 4 0
3 山内 豊 4 2 7 鬼頭 数雄 4 0
9 杉田 辰見 3 0 3 岡田 篤治 4 1
7 宇野 文秋 4 0 9 林 薫 4 0
38 6 8 3 1 0 3 41 9 6 6 1 1 1
三塁打=景浦2 二塁打=岩見
残塁=松山商6 失策=藤堂2、尾崎
残塁=12 失策=吉岡


32夏中京商優勝メンバー。


 春の王者松山勝を破り、中京商は和歌山中、広島商に続く夏連覇を成し遂げ、真紅の大優勝旗は主将の桜井の手に握られた。8月21日、名古屋駅に凱旋。昨年に増してファンの人垣が広く長く続き、市長なども混じって、、バンザイの叫び声が広い構内に響き渡った。

5.1932春 明石中・楠本の覚醒

7.1933春 世代交代の季節

中京商・松山商・明石中の三つ巴

野球回廊

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