5.史上初への挑戦

5.1 二連覇に向けて
 数々の大記録を打ち立てた優勝メンバーから、エースで4番主将の北島好次、副将で史上初の大会2本塁打の戸田廉吉、5番打者の堀龍三と投打の中心となった3人が卒業。投手は度々登板していた井口新次郎が継いだが、3人の抜けた打線の穴は大きく、また打てなくなってしまった。新チームは少しでも打てるようにしようと死に物狂いで打撃に打ち込んだ。目標は史上初の連続優勝である。
 7月28日、第8回大会が幕を開けた。エースの井口は6月頃に肩を痛めてしまったが、冷水と温湯を交互に浴びせるという早大の投手谷口五郎(後に野球殿堂入り)の記事を読んで実践し、肩の調子は順調であった。紀和予選は過去最多の9校が参加。和中は、前年度ほどの爆発力はなかったが、井口がよく相手打線を抑え、無失点で予選を突破した。

第8回紀和予選(7月28日〜30日、和歌山中)
一回戦
和歌山工 9-1 奈良師範
田辺中 6-2 和歌山商
二回戦
高野山中 不戦勝
和歌山中 棄権 和歌山師
田辺中 14-11 和歌山工
郡山中 10-3 海草中
準決勝
和歌山中 16-0 田辺中
郡山中 17-3 高野山中
決勝
和歌山中 5-0 郡山中
この年のオーダー
三 田嶋豊次郎
遊 柳 純一
一 深見 顕吉
投 井口新次郎
捕 武井 健二
中 木 秀雄
左 高村俊次郎
ニ 小笠原紀三九
右 阪井 敏雄

補欠
西本 林蔵
浜口清太郎

 8月13日、第8回大会が始まった。人気は年々加熱しており、37度5分という11年ぶりの暑さにもかかわらず大会初日には観衆数が大会新記録となり、連日人々は砂埃を巻き上げて会場に殺到。午前8時にはスタンドはもとより、外野の背後までぎっしりと「爪も立たぬ」ほど埋まっていたという。
 今大会では浜崎真二がエースの神戸商、1回大会以来の出場となる早実、そして好投手井口擁する和中が優勝候補であった。くじの結果、和中の初戦の相手は早実。対戦が決まった瞬間、場内で拍手が沸き起こるほどの好カードの組み合わせとなった。
 井口は最初から悪い相手にぶつかったとしょげたが、監督の矢部に対戦相手が早実であることを告げると、矢部は静かに「早実に負けるようでは野球をやめろ。」と井口に言い放ったという。早大の選手で、早実の力量をよく知っていた矢部の言葉の裏にある「早実に負けるほど和中は弱くない」という意図を読み取った選手一同は大いに勇気づけられ、一時は失いかけた自信を取り返した。

 早実との試合が始まると、初回早速先頭打者の田嶋が左中間を破る三塁打を放ち、深見の犠牲フライで先制。この後四球や失策に安打を絡めて初回いきなり2点。その後も順調に点を重ねて、初戦を8対0と幸先の良いスタートを切った。

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
和歌山中 2 0 2 0 0 0 0 0 4 8
早稲田実 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
和歌山中 打数 安打 早稲田実 打数 安打
5 田嶋豊次郎 5 1 8 河手 利雄 4 0
6 柳 純一 5 1 5 竹村 重高 4 0
3 深見 顕吉 4 1 1 宮下 勇 3 0
1 井口新次郎 4 1 2 佐藤 匡 3 0
2 武井 健二 5 3 7 三浦 誠登 3 0
8 木 秀雄 5 2 3 田丸 実 3 1
7 高村俊次郎 5 0 9 織田 辰雄 1 0
4 小笠原紀三九 4 1 →9 山田 六造 2 0
9 阪井 敏雄 3 0 6 水上 義信 3 1
4 山口 七郎 3 2
40 10 5 2 1 2 1 29 3 11 0 0 0 5

 二回戦の立命館中も田嶋の初回先頭打者本塁打で先制すると一度もリードさせることなく4対1で勝利。準決勝に残ったチームはいずれも大会注目の投手がいるチームとなった。和中の井口、神戸商の浜崎真二、松山商の藤本定義、松本商の西村成敏。神戸商の浜崎は1917年の第3回大会に広島商の選手として出場後、退学処分を受けた後神戸商に入学した異色の選手。小柄ながら完成された選手で、卒業後慶大に進学し復活した早慶戦で活躍。プロでも40代ながら監督兼任で投手として登板している。松山商の藤本は速球・制球ともに一級品で、さらに外角低めに決まるアウトドロップは威力抜群であった。後にプロ野球監督に就任し、史上最長の29年間監督を務めている。
 和中が準決勝で対戦する松本商は20年に初出場。2回目の今回対竜ケ崎中戦で初勝利を挙げ、準々決勝で北海中を破って勝ち上がってきた。松本商の試合運びに難はあるが球筋がよく、西村は後に早大で活躍。それ以外にも34年の全日本軍にも参加した矢島粂安などがいた。20年代を通して優勝1回、準優勝2回、ベスト四3回と強力なチームであった。

 試合は初回、田嶋がセカンドのエラーで出塁。続く柳のバントが投手の悪送球を誘ってあっという間にに三塁。その後井口が二塁打を放ち早速和中が先制した。しかし、それ以降は西村の速球を打てず三振の山を築き追加点は奪えず。一方松本商も井口の剛球を打てず8回まで無得点。迎えた9回裏。松本商が田中の三塁打、河村のヒットで一点差と詰め寄った、この後エラーも重なり大ピンチ。次の打者黒田の打球は二塁への飛球。二塁走者が戻るのが遅れ併殺。ゲームセット。辛勝であった。


以下試合評

この日の和中は蹙んで腕が伸びず、随分苦しいゲームをした。昨年の和中は毎回のびのびしたゲームをしていたが、本年の和中は、一回ごとに苦戦を重ねている。余程締めてかからねば、決勝戦にも苦戦をすることだろう。それから第一回にいぐちが三塁で無謀な盗塁に死んだことを特に注しておきたい。投手は出来得る限り、無理をしないようにしなければならぬ。松商は回毎に腕が冴えてきた。殊に投手の今日の働きは見事なものであった。六回ニ死後一塁に走者を出した時、ピンチヒッターが出たが、ものにならず、代わって守るや、そのバッターは依然プレーヤーズベンチに憩んでいるのを相手側の申し入れに気がついて入れ代えたなんか一寸滑稽だった。松商はピンチヒッターの意味を知らなかった事と思うが、これで多少利益したことと思う。(松本捨吉委員)

 試合評の最後の件は二塁手の川上の代打で出た田中が次の守備で代わって二塁守備につくはずが、川上が守備につき、「ピンチヒッターは打つだけじゃないんですか」と交代を命じる審判に応えたというエピソードである。全国大会に出場するチームでも、まだ代打のルールさえ知らなかった時代の笑い話である。

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
和歌山中 2 0 1 1 0 0 0 0 0 4
立命館中 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1
和歌山中 打数 安打 立命館中 打数 安打
5 田嶋豊次郎 4 1 6 佐原 嘉一 4 1
6 柳 純一 4 0 7 長谷川 房三 2 0
3 深見 顕吉 3 1 1 木村 弥太郎 2 1
1 井口新次郎 4 1 8 佐野 貞男 4 1
2 武井 健二 4 1 3 米田 虎男 3 0
8 木 秀雄 4 0 2 安田 義信 4 0
7 高村俊次郎 4 0 9 大橋 清友 3 0
4 小笠原紀三九 4 0 5 家倉 啓三郎 3 0
9 阪井 敏雄 2 0 4 岡島 多津馬 3 0
33 4 3 0 2 0 7 34 5 11 1 3 3 4

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
和歌山中 2 0 0 0 0 0 0 0 0 2
松本商 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1
和歌山中 打数 安打 松本商 打数 安打
5 田嶋豊次郎 4 0 3 手塚 寿恵雄 4 1
6 柳 純一 3 0 4 川上 巌 2 0
3 深見 顕吉 4 0 →4 田中 唯夫 2 1
1 井口新次郎 3 1 5 河村 一清 4 1
2 武井 健二 4 1 6 黒田 長吉 3 0
8 木 秀雄 4 1 2 小林 政美 4 0
7 高村俊次郎 4 1 8 水野 栄次郎 3 0
4 小笠原紀三九 3 0 7 矢島 粂安 3 0
9 阪井 敏雄 3 0 9 米沢 潔 3 0
1 西村 成敏 3 0
32 4 12 1 1 2 3 31 3 14 0 0 2 5

 反対の山でも松山商対神戸商の熱戦が繰り広げられた。8回を終わって0対1で神戸商がリード。浜崎の図太い投球を打ちあぐねていた松山商だが9回表、四球で出たランナーが牽制をかいくぐり盗塁成功。送りバントと内野安打で同点に追つく。その裏、先頭の神戸商浜崎のピッチャー強襲ライナーが悪送球も絡み、一気に三塁打に。次打者が倒れて一死三塁。スクイズに出た神戸商を松山商バッテリーが見抜き高めウエスト。バットは届かず三塁走者浜崎が挟まれ万事休すと思われた。しかし捕手からの送球を受けた三塁手が、本塁へ送球する際に浜崎の後頭部にボールを当ててしまい、三塁ベンチ側にボールが転がる間にホームイン。神戸商の応援団は立ち上がって狂喜乱舞。松山商の三塁手はその場に崩れ落ち、立ち上がれない。チームメイトが助け起こしても涙をグラウンドに落とし、他のチームメイトもすすり泣く。劇的なサヨナラゲームで神戸商が決勝へ進出した。

5.2 第8回全国中等学校優勝野球大会決勝戦

 決勝のカードは和歌山中対神戸商と予想通りの優勝候補同士での一戦となった。和中は2年連続の決勝戦進出。前年優勝校が翌年も決勝戦に登場したことは大会史上初である。和中と神戸商は春に美津濃主催の関西中等学校野球大会決勝で対戦しており、その時は和中が勝利していた。そのため、井口はそれほど強敵とは思わなかったようである。

 しかし立ち上がり、井口曰く「試合前のピッチングが十分でなかった」ことにより神戸商の打線が井口を打ち崩す。3番浜崎、5番山田、6番今中、7番中野といきなり4安打を打たれ初回3失点。この大会一度もリードを許さなかった和中がいきなりリードされた形となった。その裏、和中は無失点に抑えられ、前回大会から欠かさず入れていた初回の得点も入れることができなかった。それでも2回裏に井口のヒットと二つの四球で一死満塁のチャンスを作るが、浜崎の前に二者連続三振。さらに4回に柳のエラーにバント二つを決められ失点。その裏に和衷は再び二死二三塁のチャンスを作るが武井が三振。神戸商浜崎の前に和中打線は完全に沈黙し7回までわずか2安打。あまりの展開にとある新聞社は、この日の夕刊を作る際に、締め切りの都合で試合終了前に作成したにも関わらず、まるで神戸商が優勝したような記事を書いている。それほどまでに和中はなすすべがなかった。

 ところが8回表、和中先頭の9番阪井がストレートを打ち返し、センターオーバーの二塁打。先の関西大会でも浜崎からヒットを打っていた阪井から久々のヒットが生まれ、さらに捕逸で三進。一気に無死三塁の大チャンスが出来上がった。しかし先のチャンスではことごとく無失点に抑えられており、それもあってかナインには泣き始めるものが出ていた。1番田嶋も泣きながら打席に立つ。一方神戸商の浜崎もここにきて疲れが見えてきており、大分へばってきていた。1番の田嶋は泣きながらも疲れの見える浜崎の球を何とかバットに当てスクイズ。これがなんとか内野安打となり、待望の1点が入った。これに動揺したのか、続く2番柳・3番の深見も泣きながら、二塁失策・三塁手頭上を抜くヒットと続きさらに1点。後年「泣きながら打つので球など見えるはずがなかったのだが、あれが安打になったとは不思議だね」と後年メンバーが振り返るほどの奇跡的な連打で、ついに同点のランナーが出た。ここで打者は4番井口。大会一の左腕浜崎が踏ん張るか、豪打の井口のバットが勝るか。観客もメンバーも見つめる中、浜崎のボールを井口がはじき返す。ジャストミートした打球は中堅手の正面へ飛んだ。アウトかと思われたが打球がぐんと伸び、ついに中堅手の頭上を越えた。和中ついに同点である。5番武井の送りバントの後、打者は6番高木。浜崎は何とか踏ん張って2ストライクまで追い込むがここで高木がスリーバントスクイズを敢行。一塁線へ絶妙にころがり、掴んだ浜崎はホームへ投げられなかった。5点目。第1回大会でもみせた和中のお家芸バント攻勢でついに逆転である。スタンドの観客総立ち、狂喜乱舞である。

 9回。追撃の手を緩めない和中は二死から四球と2つの失策で満塁。ここで神戸商の捕手が痛恨の捕逸。この1点にイレギュラーによる幸運な井口のヒットでさらに2点。7回終了時には4点差で負けていたのがあっという間に4点差のリードとなった。9回裏、井口が神戸商打線を0点に抑え試合終了。ここに史上初、全国大会2連覇が達成された。浜崎は和中から実に14もの三振を奪い勝利まであとわずかと迫ったが、体力が最後までもたず、及ばなかった。先述の神戸商が優勝したかのような記事を読んだ神戸市民は、だれもが神戸商が優勝したと思って大騒ぎした。しかし、次の日の朝刊を見て事実を知りなんだということになり「神戸商の夕刊優勝」などと呼ばれたようである。神戸商の浜崎は後年
「事実、投げていた僕自身が信じられないような敗戦だった。八回トップ打者に対して捕手のサインはカーブだったが、首を振ってストレートを投げて打たれた。それがそもそものつまづきの元だった。油断大敵の見本のようなものだった。」と振り返っている。

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 得点
和歌山中 0 0 0 0 0 0 0 5 3 8
神戸商 3 0 0 1 0 0 0 0 0 4
和歌山中 打数 安打 神戸商 打数 安打
5 田嶋豊次郎 4 1 4 森本 鶴松 4 0
6 柳 純一 5 0 9 江見 繁 3 0
3 深見 顕吉 4 1 1 浜崎 真二 3 2
1 井口新次郎 5 2 2 綱干 卯三郎 4 0
2 武井 健二 4 0 5 山田 義輝 4 1
8 木 秀雄 2 0 3 今中 満治 4 1
7 高村 俊次郎 3 1 8 中野 信雄 4 1
4 小笠原 紀三九 4 0 7 酒井 孝三 3 0
9 阪井 敏雄 4 1 6 西垣 竹男 3 0
35 6 14 4 2 4 3 32 5 12 2 2 2 5

試合評

 番組が順序良く運ばれ、決勝戦は予想通り和中対神商。昨日の苦戦に井口投手の球勢やや緩んでいるに乗じ、打撃不振の評ある神商軍は理論通り、タイムリーによく当てたに反し、昨日疲労の色見えた浜崎は、試合前半大に頑張って元気に投げていた。ことに和中のごとき、打ちみに出てくるチームに対しては、かえって得意で、攻撃においてもまた思う通りに一人で活躍して、意外にも第一回に三点、第四回に一点を先取した。
第一回深見一二塁間のグランダーをよくとらえながら、走者を一塁に生かしたのは、惜しいことをしたものであった。神商のランナーはどうしても生きる気で一塁に滑り込んでいるに対して、深見は楽に殺せるつもりでかえって敵にしてやられた。とらえたとき、十分間に合うと思っても、ランナーは走っている。自分はそれからスタートするのである。心すべき不注意である。
 二回目和中にきた一死満塁のチャンスを、次打者二人とも三振に終わった。何とかならなかったものかと思うが、浜崎の腕と、あの時の打撃順から考えれば、ランのできないのが普通かもしれない。満塁のチャンスは有利のようでよく逃げるが、この時の打撃ぶりは、今少し研究の余地がある。
がぜん八回、和中の総攻撃は始まった。実によく打ったものである。浜崎の油断がもたらしたもので、和中の五番までの打者は中学程度選手の打撃のレベルの上に出ている。井口の痛打に形勢逆転した。買ったと思うた神商軍の落胆や一通りでなく、まさにウッチャリの体で道場に値する。一点勝ち越されて盛り返し得ざる点ではないのに、第九回表再び二死後三点を得られたのは惜しいものであった。神商二塁手森本の二塁側にくるグランダーをスローして走者を刺したプレー、六回和中田嶋の二塁より来る走者を三塁に殺した時のタッチのうまさ、八回和中高木二振後、大胆にも安全なる一塁にバントして決勝の一点を勝越した度胸と、そのバントを捕らえてどうしても本塁へ投げたい場合であるのに、間に合わぬを知って、落ち着いて一塁に殺した浜崎の沈着、いずれも本大会中まれにみるファイン・プレーであった。あくまで攻撃的積極的の和中の優勝は首肯できる。(柳田周蔵委員) 一部漢字を平仮名にしました

 井口はこの試合について、のちにこう振り返っている。


 前年の大会で優勝の宿願を果たした我々は、この大会で今までに例のない二年連続優勝を何とかしてやり遂げようと、さらに厳しい練習を積んだ。北島さんから主将のバトンを受けて一番困ったのは、北島、戸田、堀と打線の主軸三人が抜けて、また打てなくなったことだ。それで前の年まではいかないとしても、打てるチームにしようとそれこそ死に物狂いで打撃に打ちこんだ。どうにか決勝までこぎつけてぶつかったのが浜崎君が投手の神戸商業だった。はじめ私の出来が悪くて4−0とリードされて七回を終わった。ちょっと絶望感にとらわれたが、八回九番の阪井君の二塁打から息を吹き返した。一気に攻め込んでこの回五点、5−4と逆転した。神戸商業とはこの大会前に試合した経験があり、その時阪井君は浜崎君の球を打って、相当自信を持っていたようだった。これがチーム全体に反射作用となって勢いづいた。そして浜崎君も決勝まで四試合の連投で、後半は大分へばっていた。結局体の小さい浜崎君の体力が最後まで続かなかったのが、我々の和中に幸運だった、と今になってそう思っている。

 時は大正11年。和中野球部は全国の頂点であった。


夏二連覇メンバー



4.黄金時代の幕開け

6.小川正太郎の時代

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